中学の部活の一年上のS先輩に交換日記をしないかと言われて、断る理由もないから始めたんだけど、S先輩は部活だけでなく中学校内でも「かっこいい男子ベスト3」に入るほどの人気者と知ったのは交換日記も3冊目あたり。
2冊目くらいからノートを渡す時にS先輩と同じクラスの女子に睨まれるようになり、入学式のその日に青いピン(普通の黒いヘアピンが青ってだけ)をつけていただけで生意気だと給食室の裏に連れていかれて説教喰らった経験があるので、 またろくでもない理由で目をつけられているんだと思ってた。どんだけ鈍感な中学生だったんだ。
交換日記はS先輩が卒業するまでの二年間続いたけど、その間、私はS先輩に一度も恋心を抱くことなく、同じ部活のN先輩にずっと憧れていた。
それから数年たち、あんなに「ただの筆まめな先輩」としてしか見ていなかったS先輩と「結婚を前提としたおつきあい」をするようになり、家も近かったことからお互いの実家を何度も行ったり来たりして、私はこのまま結婚するんだろうなーと思っていた矢先。
「俺、大人っぽい女の人が好きなんだよね。たとえばスギモトサイみたいな」
スギモトサイって誰?知らん。
「え?知らない?こないだ写真集も買っちゃったよ」
と見せられたのは「杉本彩」の写真集だった。
この人は他所でも「好きなタイプはスギモトサイ」って言ってるんだろうなぁ。誰か訂正してあげなかったんだろうか。訂正してくれるような友人がいないってことなんじゃないか。
「いい年して髪をおさげにしているような女いるじゃん。あーいうのとは絶対一緒に歩けないなぁ。連れて歩くならサイみたいな女がいいなぁ」
おいおい、これから結婚するかもよって私を目の前にして、そーいうこと言うか。だから私にしてはちょっと大人っぽすぎるんじゃない?なスカーフとか時計や口紅を買ってくれてたんだな。っていうかサイみたいな女って。
もちろん私もスギモトサイを訂正せず、そのままもやぁっと煙に巻いてお別れの日を迎えた。
彼は三年後に私じゃない人と結婚した。
近所だから何度も二人が一緒に歩いているのを見かけたんだけど、うん、確かに奥さん、大人っぽい。髪も背が高いのも杉本彩風だ。
でもそれは「若いお母さんが七五三の息子を連れて歩いている」ようにしか見えなくて。彼が望んでいたのはそこだったか、やっぱり一緒にならなくて正解だったな。
S先輩から貰ったアニエス・ベーの腕時計。何十年持ってんだよ。だって電池入れれば動くし、数字が並んでいるモノ好きなんだもの。